第72回日本病跡学会総会
会長講演
2025年4月19日 11:00〜12:00
田中伸一郎(東京藝術大学保健管理センター)
★★プロフィール★★
精神科専門医・医学博士・産業医・公認心理師、東京藝術大学保健管理センター准教授。
福岡県福岡市出身。今までの勤務先は、東京大学医学部附属病院、赤光会斎藤病院、杏林大学医学部精神神経科学教室、帝京平成大学臨床心理学科、獨協医科大学埼玉医療センターなど。現在、主に大学生のメンタルヘルスケアに携わり、都内の児童精神科クリニックでも診療を行う。専門は精神病理学、病跡学、健康生成学、サルトグラフィ。
著書:『大麻の新常識』(共著、新興医学出版社)、『フローチャート芸術医学漢方薬』(共著、新興医学出版社)など。

なぜ今、サルトグラフィなのか?
なぜ今、サルトグラフィを学ぶ必要があるのか?
一つには、サルトグラフィの考え方が、英国から世界に広まりつつある「パワー/脅威/意味のフレームワーク(Power Threat Meaning Framework:PTMフレームワーク)の基本的な考え方とぴったり符合しているからである。そのあたりをもう少し説明してみよう。
日本では、ある人が自分ではどうにも対処できない悩みごと、困りごとを持った場合、メンタルクリニックを受診して医師の診察を受ける。そして、何らかの精神疾患・精神障害ありと診断され、投薬治療が開始されるというのが一般的である。精神科の敷居が下がり、日本人の誰もがこうした受療行動を支持しているのだろうと思う。
しかし、PTMフレームワークの考え方では、感情的な苦悩ややっかいな行動などの利用者のメンタルヘルスの課題に対して精神医学モデルを安易に適用することに意義が唱えられている。そして、〈どのようなことがありましたか?(What has happened to you?)〉などの問いを投げかけながら対話を続けることによって、希望にあふれたポジティヴな人生の物語(ナラティヴ)を作り出すことを支援するのだ。
日本のメンタルヘルス・サービスの現場でも、こうした新しい考え方が必要な時期に来ているのではないだろうか。
もう一つには、サルトグラフィの考え方を導入することによって、精神医学に新しい風を巻き起こし、これまで「〇〇という病気を見逃していませんか?」などという思い上がったキャッチフレーズがまかり通っていた時代に終わりを告げたいと願うからである。精神科医に出会ったら最後、いきなりチェックリストをやらされて、なんでもかんでも病気にされてしまうなんてもう過去の話にしようではないか。
これから日本のメンタルヘルス・サービスの関係者は、ひいては一般の方々も、世界と足並みをそろえて、メンタルヘルスの課題を——これまでのように病気として捉えるのではなくて——例えば、ポリヴェーガル理論を参考にして、非常に困難な状況(人生のさまざまな逆境体験)から自分を守るための「防衛反応・生存戦略」として捉えるなどして、日本人の健康観を見直していこうではないか。
以上のような理由で、実践前の演習として、サルトグラフィの考え方を学ぶ必要が出てきているのである。
(田中伸一郎、今村弥生『サルトグラフィ入門』より、2025年4月15日発売決定)